前回の続きです。
学校で出会った困った子たち
ふう太が小学校へ上がると、クラスには”困った子”と言われそうなタイプの子が何人かいました。
そのなかで、ふう太と特に相性の悪い男の子がいたのですが、その子は考えるより先に手が出てしまうようなところがあり、ふう太は毎日のように殴られたり蹴られたり…
トラブルの原因をよくよく聞けば、お互い様の時もふう太が悪い時もありましたが、相手の子があまりに暴力的なので困ってしまいました。
私は心の中でそのお子さんのことを『ジャイアン君』と呼んでいました。
ついでに、ジャイアン君にいつもくっついて、便乗してふう太を殴ってくる『スネ夫君』もいましたよ(笑)
ジャイアン君は、怒っていないときは目がキラキラして可愛らしいお顔の無邪気な子でした。
でも、殴られ蹴られの毎日で、だんだん学校が辛くなってきたふう太は登校をしぶり始め、頭痛・腹痛・下痢などの身体症状まで出るように😭
ふう太は不登校になりかけるし、頭をかかえた私はあちこち相談に行きました。
担任の先生、スクールカウンセラーさん、かかりつけの小児科、心理士さん…
いろんな人に頼りながらふう太の心を支えようとしました。
でも、不思議とジャイアン君を憎らしく思う気持ちは全くわいてこなかったんです。
暴力は困るけれど、むしろジャイアン君のことが心配でした。
担任の先生によれば、ジャイアン君のことでお家の人に連絡しても『うちでちゃんとやってますから。』と電話を切られてしまうとのことで、先生もどうしたものかと悩んでいる様でした。
ジャイアン君はふう太だけでなく、他のお子さんとも度々トラブルを起こしており、学校では叱られることが日常になっていたかと思います。
彼が何か困ったことを抱えていたのかは知り得ないことでしたが、
衝動的に暴力を振るってしまう状態なのに、誰からもサポートしてもらっている様子がない。
ジャイアン君はどんな気持ちで毎日過ごしているんだろう。
そして、これからどんなふうに成長していくんだろう。
そう思うと、ジャイアン君のことは全然憎めませんでした。
結局、彼は1年生のうちに転校してしまったのですが、いまどうしているのかな…と、気にかかります。
ジャイアン君の他にも、いろんな子がいました。
怒るととっさに引っ掻いちゃう子。
授業中、床に寝っ転がっちゃう子。
お友達と遊びたくて、状況を考えずぐいぐい腕を引っ張る子。
注意しても全然聞かない子。
困った子と保護者たち
ふう太は3年生でいまの学校に転校しましたが、こちらの学校にもいろんな子がいます。
困った行動をとる子は、保護者たちのあいだで噂になることがあります。
でも、その噂はどこへもいかない話だったりもします。
何も前へ進まない、何もいいことのない噂話。
実際に何かされて『困ってるんだよねぇ…💦』という話ならわかります。
それは事実を話しているのだし、
『先生に相談してみる?』とか
『どうしたもんかねぇ…?』とかいうのだって、前を向いています。
どうしたら良い方向にいくのか?と考えているから出てくる言葉だと思います。
ごく親しい人とのあいだで愚痴をこぼすのもわかります。
色々あって苦しくなってしまった心の内を時々吐き出させてもらうのは、信頼している関係ならよくあることだと感じます。
でも、数人で集まって
ねえねえ!
あの子、こーんなことしたんだって~
えー!!
ひどくない!?
あの子、こないだも〇〇だったもん~
でさ、△△で※※だしさぁ~
みたいなのは、私には悪口にしか聞こえません💧
相談、愚痴、噂話、悪口。
その境目は曖昧ですが、困った行動を取る子の背景を想像することすらせずに、大人が子どもの悪口を言うというのは、あまりに残念な行動だと感じるのです。
”困った子”は”困っている子”
『困った子は困っている子』という言葉を聞いたことがおありでしょうか?
問題行動を起こすいわゆる困った子は、その子本人も何かしら心に満たされなさがあったり、学校生活で苦しいことがあったりと、困っていることが多い。
その問題になった行動だけでなく、その子が本当は何に困っているのかを考え、寄り添って支援していくことが大切だ。
ざっくりいうと、そんな考え方のことです。
そういうタイトルの書籍も出ています。
(10年以上前の書籍なので、そちらから広まった言葉なのかもしれません。すみません、詳しくはわかりません💦)
この言葉は真実だろうなと、私は思います。
ふう太を殴ったジャイアン君は、自分の怒りをコントロールすることができず、乱暴ばかりしていました。
私は出産まで、自分の性格はあまり怒りっぽくないと思っていましたが、子育てしているとしょっちゅうイライラして、怒りにふりまわされることがどんなに疲弊するかを知りました。
ジャイアン君も毎日しんどかったに違いないと思うんです。
怒って、怒られて。
当時このことを相談した心理士さんは、
本当は、そのジャイアン君を優し~く包み込んであげる人がいればいいんですけどねぇ…
と、おっしゃいました。
その通りだと思います。
困った子は困っている子
支援の必要な子
ここでいう支援とは、何も特別支援教育だとか、そういったものに限られません。
ただ優しくしてほしいとか、
話をたくさん聞いてほしいとか、
なんだかイライラして自分でも嫌なんだけど、どうしていいかわからないとか、
そういう何かを抱えている子は、きっとたくさんいるはずです。
その抱えているものが大きすぎると、問題行動に繋がってしまうのかもしれません。
問題行動を起こした子を
異質なものとして見ず、
問題児だとレッテルを貼らず、
その子の抱えているものに一緒に対処していくことができたら…
困った子も、まわりの子も、穏やかに過ごせるんじゃないか。
『困った子は困っている子』の考え方は、特別支援指導の先生たちにはよく知られたものかもしれません。
それ以外の大人たちにも、この視点が拡がっていくといいです。
~困った子 《完》~